年齢的にきつくなってきたもののチャーミングなダメ男役をやらせたら当代随一のロマコメ俳優ヒュー・グラントと、三十路過ぎから俄然キュートになってラブコメ女優に邁進するドリュー・バリモアの有りそうで無かった共演作品。出会って魅かれて喧嘩して仲直りのオーソドックスな展開で、強力タッグは期待通りの相乗効果を発揮。作詞作曲と男女の関係を絡めた題材も上手く料理されコメディとしてもちゃんと笑えます。けど、肝心のラブ・ストーリーが弱く心にグッと来る要素に欠けており、結果的に平均点レベルの安直ロマコメに落ち着いてしまいました。
ただし、80年代の洋楽ポップシーンの空気感を知るMTV漬け世代限定で面白さ倍増。最近のガールズ・ポップも押さえてると更に笑えるという、狭い層にアピール度の高い作品であります。時代に取り残された元アイドルの主人公が出演依頼されるTV企画のラインナップが、REOスピードワゴン、フロック・オブ・シーガルズ 、デビー・ギブソン、ティファニー、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド(全て名が出るだけで出演は無いので注意)。この名前を見てニヤリとする人なら音楽ネタの大半はクリアできるでしょう。
とにかくオープニングを飾る架空80'sバンド"PoP"の
プロモーションビデオが強烈。デュラン・デュラン風のニューロマンティック路線で、シンセドラムな楽曲といい口パクっぽい歌い方といい仰々しいダンスといい再現は完璧。アホな小芝居までちゃんと挿入してて芸が細かいです。他には、かつて郷ひろみがカバーしたワム!の『ケアレス・ウィスパー』によく似た劇中曲も必聴です。そして、ブリトニー・スピアーズ以上の大スターとして登場する
「ブッダのエロ姫」のいかにもな雰囲気も素晴らしいです。「シャキーラに負けちゃうの!」という台詞の意味がわかればモアベター。本題のラブソング
『Way Back Into Love』もターゲット層には納得のクオリティ(が、今のティーンにウケるかは疑問)。
設定的にどさまわりの元ポップ・スターっていう境遇が観ていて辛くなったり、それを現在でも応援してるオバハン達がラブリーだったりで、ストーリーそっちのけで劇中で特に言及されないリック・アストリー、カイリー・ミノーグ、カルチャー・クラブ、そしてワム!の片割れアンドリュー・リッジリーなんかに思いを馳せました。主人公がアンドリュー並にジリ貧まで追い込まれてればもっと話が盛り上がったと思うんですが、中途半端に人気があるのと作曲に苦労しているようには見えないのが難です。ヒロインの方もトラウマを乗り越えるようなエピソードが無いし。カリスマ歌姫と中盤の二人の恋愛劇との関わりが薄かったのも問題で、彼女はクライマックスで主人公とデュエットするという重要な位置にいるのにキャラ描写が不十分で、作詞家のヒロインの思いを巧く重ねるにはシンクロが足りませんでした。まあ、肩のこらないハッピーな映画なのは間違いないんでポジティブになりたい時にはよろしいんじゃないでしょうか。
「驚きのラスト!」とか宣伝したどんでん返し系でありながらトリックがバレバレという困った映画。マピールさんがサスペンス慣れし過ぎている事を差し引いてもこれは捻りが無さ過ぎ。なんたってミスリード役がいないのが痛いです。製作側は『間違えられた男』っぽくしたかったんでしょうが、あまりに直球で淡白な見せ方なんで謎を謎とも思わせず想定の範囲内で二転三転することに。結局は予定通りに事が進まなければご破算の無駄に手の込んだ計画なのも虚しいです。「なんでそんな事すんの?」って思う事ばかりでした。
斯様に演出・脚本に頭の悪さを露呈した作品ですが、そのわりには可もなく不可もなくな印象です。もうちょっと群像劇にしてキャラを掘り下げてくれとは思うものの豪華スター饗宴のエンターテインメントとしては及第点つけても良いんじゃないかと。オチとか謎とか考えずにぼやーっと観るならそこそこ楽しめる、実に真っ当なつくりの佳作なのであります。ヒッチコック・サスペンスや007ネタに詳しいとニヤリとするシーンがあるのも映画好きには嬉しいのでした。
もっとも、敵対するマフィアの両巨頭に扮したモーガン・フリーマンとベン・キングズレーの渋いオスカー俳優競演はいまひとつ冴えません。スタンリー・トゥッチも含めて役不足感は否めず凄く勿体無いです。ブルース・ウィリスは儲け役で雰囲気も良く見応え十分ながらなんとなくチープ。回想の変なかつらが笑えます。しかし、汗かかないブルース・ウィリスは物足りなくもあり・・・。
ただ、主人公ジョシュ・ハートネットが災難に次々と巻き込まれるやたら不運な男を好演し、アクの強い役者に囲まれながらコミカルな魅力を振りまいてます。R指定のハード・ヴァイオレンスでありながら腰に巻いたパスタオル一枚のみであちこち連れ回されるコメディ展開のギャップが素敵。クライマックスでは一気に哀愁を漂わせたり難しい役を巧みに演じています。
そして、ルーシー・リューが小さくて可愛い事にビックリ。全然イメージと違うんですけど。活発でコミカルなヒロイン役でして、ミニスカでテーブルに座って腿チラとかどうみても小娘の演じるべき役柄なのに似合ってます。四十近い彼女に今更キュートという言葉を使うとは思いもよりませんでした。
「すべては<幸運のナンバー7>から始まる」とか宣伝してましたが、邦題のセブンは実はまったく関係なくて苦笑。でも、競争馬の馬番が「7」って事から無理矢理捻りだして来た努力は評価したいです。原題「LUCKY NUMBER SLEVIN」は大きなヒントではあるんですが、そのままカタカナにしても意味わかんないですから。だったら映画にちゃんと関係がある『カンザスシティ・シャッフル』ってタイトルにしちゃえよ、とか思わないでもないですが。
アカデミー脚本賞と助演男優賞受賞という輝かしい実績を引っさげたインディペンデント映画。ニューメキシコ州アルバカーキに住んでいる一家が美少女コンテストに愛娘を出場させるべくオンボロの黄色いミニバスでカリフォルニアに向かう、笑いと感動で綴るファミリー向けハートフル・ロード・ムービー。しかし米国では子どもは観られないR指定映画です。何故ならオスカー受賞者アラン・アーキン演じる一家の祖父がぶっ飛んでるから。でも、子供にも見せるべき秀作なので日本でのPG-12指定は英断です。コメディですがテーマはシビアな社会派ものなので頭空っぽにしてひたすら笑いたい人とかは要注意。
極めて脚本主導型の映画でして、徹底的にデフォルメされた尋常じゃないキャラクターがエピソードとしっかり結びついていて隙がありません。崩壊寸前の家族が次第に力をあわせて「負け犬」人生と向き合うというお決まりの話なのですが、現代アメリカの家族像を強烈に皮肉ったそれぞれのエピソードが絶妙で捨てキャラや無駄なシーンが見当たりません。個性的過ぎて噛み合わない家族、容赦なく降り掛かる悲劇の連鎖、壊れていくミニバス、敗色濃厚なコンテスト。それらをシニカルな笑いに昇華しながら計算され尽くしたクライマックスへなだれ込む展開がグレイト。テクニカルな視点で観れば観るほど味が出てくる作品です。その突飛過ぎる行動に入り込めないと辛い作品なので一般には佳作と駄作にくっきり評価が割れそうですが、グッとくる台詞が多くほろりと泣かせもありのあったかい映画です。
ピュアなぽっこりお腹の眼鏡っ娘を核に、「勝ち組」至上主義のパパ、まとめ役だけど食卓がジャンク過ぎるママ、無言の業を敢行中のマッチョ兄貴に仕事も恋も失ったゲイの伯父さんと皆が個性的で素敵なんですが、やはり最強にファンキーなエロ爺の存在が物語を数段面白くしています。理想とは裏腹に転げ落ちる息子を讃え、悩めるティーンの孫に説教し、天真爛漫な孫娘を励まし、後半は出番以上に大活躍する美味しい役どころでした。
シリーズを全く観たことが無い人でも理解できるストーリーと直球のメッセージの非常にシンプルな映画です。だがしかし、『ロッキー』シリーズに思い入れを持たない人には古臭く説教臭いだけであまり意味のない作品。完全なファン・ムービーです。しかも徹底的に1作目のオマージュで、サバイバーの曲の方が燃えるって輩も用無しです。これはロッキーの30年に見合うそれなりの年輪を重ねた、何かのために戦う時に頭の中に『ロッキーのテーマ』が流れる漢のためだけに作られた映画なのです。
シリーズ中に世を去った老トレーナーのミッキーと宿敵で親友のアポロに加え愛妻エイドリアンも既に他界している設定のため、ロッキーと関係の深い人物は息子と義兄ポーリーぐらいとかなり苦しい陣容なのですが、1作目で説教しただけの不良少女リトル・マリーを登場させる荒技で60歳の現役復帰とチーム・ロッキーの人間ドラマに持って行っちゃたのに感心しました。強引ですがそれなりに納得のいく展開なのが良かったです。
疲れたオヤジ丸出しで「そうそう、ロッキーはバカにされて無視できるような大人じゃない」「そうそう、奴はジャマイカが何所にあるかなんて気にもとめない」と肯き続ける100分間。愚直に困難に立ち向かい休まず前に進み続けた男が燃やし損ねた最後の何か。「人生はどんなパンチよりも重い!」「心だけは年をとらない!」等の魂を奮わせるベタな台詞の数々と、『ロッキー1』を忠実に踏襲する中で郷愁と共に想起させられる受け入れざるを得ない「老い」に胸が熱くなります。リアリティなんてくだらんものは気にしちゃいけません。村田兆治が未だ140キロのストレートと落差20cmのフォークを披露できるように、イタリアの種馬には可能なんですよ。生卵、精肉工場での練習、そしてフィラデルフィア美術館前のロッキー・ステップを駆け上がり闘える肉体を手に入れるのです。異議は認めません。
悲壮感漂う壮年男の過ぎ去りし栄光の人生の決着に否応なく被るのは、“ラジー賞20世紀最低主演男優”シルヴェスター・スタローンの生き様。冷戦時代のマッチョ・ヒーローは今何を想い何を求めているのでしょうか。ちょっと頭が足りない殴られっぱなしの男・ロッキーは何度でも立ちあがりました。スタローンはまだもがいてます。ファンの「もう充分だっ!よくやった!そのまま寝てろ!!」との叫びを背に、それでも彼は『ランボー4』の撮影に・・・。やれやれ、こっちの結末も感動的になるといいのですが。
あと、同じように殴られっぱなしで再チャレンジとか謳ってた空気読めない人はこの映画でも観て元気だして下さい。
早くも明日TVオンエアーって事で大慌てで観賞。前作映画との間に挟まるTVシリーズは未見ですが、全く予備知識無しでも単独の映画として楽しめる作りになっていました。本作は実写の邦画としては昨年度興行収入1位であり、そこかしこで聴かれるのは「面白かった」「感動した」「泣いた」と絶賛の声。・・・でもこれ、スカスカのシナリオに手抜き演出だと思うんですけどねぇ。泣かせがあざと過ぎてギャグになってたり、ツッコミどころもたっぷりあるので存分に楽しめましたけど。
何でこんなに世間の評価とマピールさんの感性に乖離が生じてるのかを考えてみると、TV観てないからキャラに思い入れが無いって事もありますが、根本的にはマピールさんがジャンルを間違って捉えてたのが悪いのです。この映画ね、「船内からの脱出を描くサバイバル劇」がメインじゃなくてですね、「煮え切らない海上保安官の彼だけど、やっぱ素敵、早く帰ってきて♪」って話なんですよ。だからヒロインにシンクロ出来てる人は大満足なんでしょう。なるほど、そういうコンセプトなら良く出来てますよ、この映画。最後のラブ・シーンはちょっと酷いけど。
それに気付いてしまった今では虚しい事ですが、海洋パニック・アクションのつもりで観賞してしまった身としてはかなり不満って事で、
以下ネタバレありで記しておきます。
最悪なのは潜水士が主役の映画なのに見せ場の潜水ミッションが悉く映像で示されないこと。吹替え無しとか自慢気ですがスタント使っていいからちゃんと画を撮れと言いたい。しかも、パニック映画の醍醐味たる次々と降りかかる困難を乗り越える過程が一切描かれません。強運と強靭な体力で全て解決じゃ妊婦と怪我人連れてる意味無いですよ。あまりにも脚本にアイデアがなさ過ぎます。
演出も超手抜きでして、船内の傾きをカメラを傾けただけで表現してるので水や小道具の重力方向が妙な事になってます。挙句の果てに、船は30度以上傾いてるのにハシゴは真上に向いてて更にどんどん傾くと水が真上から降ってくるというサッパリ状況が理解できないシーンまであります。
そして決定的にテンポが悪いです。全体にノロノロ・ダラダラし過ぎ。特に酷いのはクライマックスの4分間独白。腹抱えて笑いますよ、このシーン。要救助者を抱えたまま沈没まで一刻を争う状況で、しかも相棒は取り残されてるのに何を酔いしれてるのか。ごまんといるサブキャラも傍観してないで動けよ。一人は確実に脱出不能なんだから。前半には「時間との勝負だぞ」といわれつつ何故か妊婦と雑談かましてたり凄すぎるぞ主人公。
更に、緊迫感を削ぐ事に主眼を置いたとしか思えない被災者コント、台詞だけで充分だった冒頭のチープなCGシーン、大人の事情っぽいTVリポーターの出演と不要なものばかりでトホホ感が漂います。
でも、一番腹が立つのは海上保安官や船員をバカにしてるような稚拙な描写の数々です。船内状況確認後の報告は凄く遅いし、司令室ではちゃんと火災を心配してるのに現場じゃ点検ができてない。船内確認もまるでダメ。避難誘導がマトモじゃないからライフ・ジャケット着用はバラバラで女・子供の優先避難もなし。乗客を漫然と移動させるなんてプロの仕事じゃないですよ。あれで人数把握出来るわけがない。もっと自然な流れで妊婦や身勝手な客が取り残される状況を作れるでしょうに。
それと、現在位置をロストしたのは許容するとして、あれだけ制御盤のある部屋の特徴も伝えられず手がかりが配管番号だけってアホかと。司令側も配管図を調べてる暇があったら船員なりメンテ要員なり探した方が早いですよ。終盤にも「場所を知ってるのは俺だけ」とかいってるけど、それを口頭で伝えられなきゃ救助活動なんてできないでしょ。こんな描写で全面協力の海上保安庁に申し訳なくないんですかねぇ。
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