おや、ロマコメかと思ったらもうちょっとシリアス寄りのライトな恋愛モノなんですな。基本はお約束的展開に満ち溢れた崖っぷちOVER 30女の癒し系ラブストーリーですが、2週間の自宅交換生活を英米二つの舞台で同時進行させるプロットのおかげで飽きはきませんでした。主演の四人もキャメロン・ディアスとジャック・ブラックがアメリカ人でケイト・ウィンスレットとジュード・ロウがイギリス人と、ちゃんと分かれてキャスティング。『恋愛適齢期』のナンシー・メイヤーズが監督・脚本なのでたぶん今回も当て書きなんでしょうが、豪華キャストのイメージまんまのデフォルメがなされたキャラが生き生きと描写されてます。脚本的には出来が良いとは言い難いんですが、女性監督らしい演出のセンスの良さと小憎いオールドファン向け映画ネタで印象はかなり良好。痛恨は真夏に観賞しちゃったことですな。これ、クリスマス映画じゃん。
二つのドラマが交互に進行するスタイルなわけですが、始めと終わり以外は殆んど交錯しない独立エピソードなのは捻りが足りません。しかもラブ・ロマンスの分量はキャメロン×ジュード(ロンドン・ペア)に片寄ってるのにストーリーとしてはケイト×ジャック(LA・ペア)のが出来が良いなどバランスの悪さが目立ちます。
ロンドン・ペアは「ドアを開けたらイケメン→ベッド・イン」という大味ハリウッド展開から紆余曲折してハッピー・エンドと徹底的にオーソドックスで王道な流れな分だけ薄っぺらいのが難。「三銃士」とかのキーワードをもっと効果的に使って欲しかったところです。キャメロンはいつも通りに妄想癖で独り言が多く常にテンパってて強気な振りして臆病な典型的ラブコメ・ヒロインを好演しているのですが、変人ぶりが作品の世界観からは浮いてしまってます。コメディも得意なジャックがそれを封印して「いい人」を演じちゃってるだけに痛々しいのでした。あと、老け方が尋常じゃなくてアップの度にハラハラドキドキ。ソフトバンクのCMとかだとそんなに酷くないのに。
一方、LA・ペアはじっくりと丁寧に出会いが恋に変わるまでをやってるのですが、その割には終盤が唐突で拙速で淡白な展開なのが問題。ケイトと老人の交流からの成長ドラマにウエイトが置かれるあまり、お相手のジャック抜きでも話の顛末に支障が無いという困った事態に。一本道のありきたり物語の中でこれは予想外ですが、こんな予想外は不要です。それと、コッチのサイドは登場人物が多いのに、感情説明を会話でやるシーンが多いのも感心しませんでした。
だがしかし、編集が巧いためバラバラのエピソードが混ぜこぜになっていてもぶつ切り感はありません。可愛い田舎の家とかビバリーヒルズの豪邸とか強く優しくユーモアも携える男優陣とかのロマンチックな設定とは裏腹に、女性心理は一貫してリアルで微妙な距離感が見事。それに、賢者な老人、天使な子供、愛嬌ある犬に素敵な音楽といった好感度アップの豊富な飛び道具の配置が巧み。独特のハート・ウォーミングな雰囲気作りと俳優達のアンサンブル演技の力技でシナリオの穴をかなりカバーしております。
そして、若者にはマニアック過ぎるとは思うものの古き良き映画をリスペクトする数々のサービスが楽しいです。予告編風の妄想や架空の予告編、何度もあるDVD選びのシーンのラインナップ、老脚本家の名画解説にジャック・ブラックの映画音楽ネタ。そしてもの凄く贅沢な使われ方のダスティン・ホフマンに感服。
2001年に大ヒットした月9ドラマの劇場版。マピールさんにとってはフルコンプで観た今世紀最後の連ドラだったりしますが、サブキャラの設定とか殆んど忘れてしまっておりいささか困惑。どうやら間にTVスペシャルも挟まってるっぽい。まあ、両方未見でも終始出ずっぱりの木村拓哉を中心に観る分には問題ないと思います。映画足りうるスケールには程遠いTVドラマもどきの作品ですが、監督も脚本もTVシリーズのメイン・ディレクター&ライターとなると文句は言えませんね。大人気ドラマを堅実にやるならその選択もありでしょう。ただ、実際の脚本は堅実とは言い難い代物でしたが。
問題はTV版では殆んど無かった法廷劇をドラマの中軸に据えてしまった事。刑事さながらの行動派検事による弱者へのヒューマニズムが好評を博しTVシリーズは大ヒットしたわけですが、思えば確実にキムタクナイズされてた事が成功の要因でした。自由奔放なキャラにしてもラフな服装にしても捜査中心のドラマだから成り立っており、主舞台を裁判所に移してしまうと違和感が強すぎます。それに共演者のフォローが受けにくい場で弁舌を駆使するので台詞読みの下手さも目立ってます。それでも松本幸四郎扮する日本最強弁護士の敏腕ぶりが披露されればそれを逆転するキムタクの格好よさも引き立つ筈なのですが、立証・反証ともにゆるゆるで二人揃って無能にしか見えないのでした。
また、一貫して警察が存在しないかのような描写が為されるのも苦笑せざるを得ません。自白撤回に対するキムタクの初手はどう考えたって捜査に当たった警官の喚問でしょうに。警察は目撃者証言から犯人逮捕に到ってる筈で、常識的に考えて自白に従った実況見分も裏取りはも済んでます。犯行に使われた車が特徴的なんだから彼方此方で目撃証言も得られてるでしょう。全然、自白のみに頼った立件じゃ無いわけで、この部分を弁護士が全く崩して無い時点でその後のドラマ展開は破綻してます。
香水やスペイン語など引っ張るわりに無意味なネタのオンパレードなのも気になりました。特に前半を費やし韓国ロケにまで及ぶ車探しの顛末。誰もが予想した理由で証拠が一蹴されそれっきりという展開には驚きました。普通はフェイクで別のヒントを掴んでたりするもんなんですが。イ・ビョンホンの謎の言葉も効果はイマイチ。これらがラブコメ用小ネタで終わってしまわず事件にも絡んでくれば良かったんですが。
ただし、ラブコメの方はキムタクと松たか子の夫婦漫才風の駈け合いが健在で面白いです。6年間も進展なしという設定には無理がありすぎるものの、全体にデタラメの脚本でありながら2時間超をそこそこ楽しめるのは演出にぶれがないからでしょう。豪華すぎるレギュラー陣も独特のノリと流石の安定感で要所を盛り立て笑わせます。そして、事件の大小にこだわらず被害者の救済と加害者の更生に努めるという主人公のスタンスが利いているため、検事としての正論を吐きまくるクライマックスの法廷ドラマの流れも悪くはありません。これが陪審員制であればキムタクの演説で美しく締まる所なんですけどね。
プロットは悪く無いしテンポも良くTVシリーズでの面白さも維持してるんですが、ファンサービスというより作品の流れを妨げるだけのチョイ役の使い方と、出来もしない『逆転裁判』に中途半端に挑戦して自爆した事が足を引っ張り、内容以上に印象が悪いのでした。本来の土俵で勝負すれば、ジャニーズ的にかなり頑張ったラストが蛇足っぽくならずに綺麗に着地できたと思うんですが。
劇場で観たときの印象は正直期待外れだったのですが、吹替えが山寺宏一という事でまた観る。うん、字幕よりコッチのが良いです。英語とカザフ語を流暢だったり訛ったり両方日本語で表現したのが効いてマイルドになりました。もっとも、それだけじゃ超シニカルかつウルトラお下劣な笑いに対し多くの日本人が抱く嫌悪感は埋めがたく、依然としてディープな層向けなのは否めません。基本的にアメリカ人向けに特化してますし。マピールさんの笑いのツボからもやや外れててコメディとしては評価し難いのですが、かなりアグレッシヴなボラットのくだらなさには感嘆しましたし、カントリーな米国白人文化の学習的な視点でも愉しめました。
『ボラット』はコメディアンのサシャ・バロン・コーエンがカザフスタン国営テレビのレポーターを騙り文化の違いを利用した失礼な面白レポートをゲリラ・スタイルで撮影した英国のTV番組です。このフレディ・マーキュリーに似た男が世界各国で文化交流する様子は
YouTubeを漁るとたくさん拝めます。映画と同じパターンも多いんで英語ダメでも結構理解出来ますよ。マイナー国のTV局という設定がミソで堂々と撮影できるし出演の合意書もとれちゃうようです。しかもカザフは親米親ブッシュなのでアメリカでは国賓並みに歓待されたらしい。しかし、やがてアメリカでもこのTV番組がオンエアとなり、色々な人の馘が飛んだり訴訟沙汰が多発したり果ては国際問題と大反響の末に製作されたのが本作であります。
でも、最初に書いた通り、ちょっと予想よりもキレが悪いのですよ、この映画。モンティ・パイソン的な笑いを予想していたら、噂ほどには政治的風刺や差別意識を浮き彫りにする挑発ネタに力が注がれず、人の善意に付け込んでボラットが愚行を繰り返すパターンが多いのです。しかも殆んどが差別ネタと下ネタ。お固く保守的な白人たちのリアクションは面白いのですが、滅茶苦茶なカザフスタン像とドン引きな際どいギャグが連発するだけに、ツッコミやテロップによる強調に慣れた日本人には笑いのきっかけをつかみにくいです。それにいくら下品に振舞っても天然ボケ脳みそ空っぽ系のハードコア・コメディには不要なインテリ臭が中途半端に漂うのがマイナス。やっぱりロデオ大会とかカルト宗教の集会で見せるようなシニカルな笑いの方が面白かったです。
加えて、冒頭から偽ドキュメントのロード・ムービーとして全開で嘘っぽく作られており、フィクションが混ざりすぎてどこが真実かわかりにくいです。きちんと伏線を拾ったり脚本としては良く出来てるし編集も上手いんですが、それが緊張感を削いでもいるので痛し痒し。ユダヤ人老夫婦とか骨董品店とか素人の反応を引き出すボラットのスタイルからズレた演出には興醒め。熊の末路みたいなさりげない小ネタももっと欲しかったです。
映画ニュースを見ると、マナー教師とか運転教習の教官とかプロフェッショナルに接し続けた人が裁判を起こしてて興味深いです。ボラットと親身に接してくれてた泥酔大学生たちも訴えてて、飲酒年齢とマイノリティ発言の問題で洒落ですまない被害が生じてるのには同情。
そして最大の被害を受けるカザフスタン。バカにする意図は無く、言葉も国歌も文化も全部実在のカザフとは全く関係ないったってねぇ。まあ、アメリカではボラットのおかげで認知度がアップして正しいカザフスタンのアピールになったようなんですが。マピールさんもウズベキスタンとの関係とかカザフの宗教事情とかカリウムの産地とか調べました。うん、全部デタラメ。ちなみに冒頭の村はルーマニアだそうですが、出演者はボラットの話す内容も演出意図も正しく理解してないんじゃないかな?
菊地凛子のアカデミー助演女優賞ノミネートや役所広司、ブラッド・ピットの出演、カンヌ映画祭監督賞、日本公開時のポケモンショック症状など、必要以上の話題性により「バベル」の意味すら知らないような客層が押しかけ口々に意味不明とつぶやく悲しい結果の本作。分かり合えない事で生じる悲運の連鎖の作品なのに映画自体が解って貰えないと言う皮肉な事に。娯楽性は全く無いし不愉快描写多数でトーンは陰鬱、観客に考えさせるタイプの投げっぱなし作品であるからにして悪評が目立つのは仕方ないです。マピールさんも凡人ですんで軽率と誤解を描いただけに見え、たぶん存在する壮大なテーマは胸に響いてこなかったのです。でもこの映画、面白くないのに150分も飽きさせない不思議な力があるんですよねぇ。
登場人物の行動に理解できない部分が多いのがこの映画の難点でして、特に日本人としては極端にデフォルメされた日本パートに戸惑います。そんなに難しい事は言ってなくて、「自殺した母から愛されてたのか?」ってのを根底に父への反発・障害者差別・思春期などがない交ぜの誰かを強く求める多感な聾の少女の話なんですが、不機嫌で破滅的なセクシャリティに設定された事と菊地凛子がどうにも女子高生に見えない事が相まって淫欲発情娘が無駄に強調され、言葉を持たない少女と言葉は通じるのに分かり合えないブラピ夫婦との対比がわかりにくくなった感じです。役所広司も銃の国外持出&無断譲渡とかできるは刑事に消息つかませないはで「あんた何者?」って設定だし。
当然、他の文化圏も同様のデフォルメが予想され、それがリアリティを失わさせ、「モロッコ警察ってあんなにガサツなの?」「不法就労なのに気軽に国境越え?」などなど色々余計な事が気になって気になって。決して出来が悪いわけではないけども、それぞれの愚行が極端すぎて失笑します。そして、4つの物語の連環が弱く、時間軸を微妙にずらしている割にはそれがあまり生きておらず、舞台がチェンジするタイミングも唐突と、テクニックに走りすぎな脚本・演出がマイナスに作用しており深く入り込めませんでした。
エピソードの中ではメキシコ編が行きは良い良い帰りは怖いの国境の空気が印象的で好み。日本編はビックリ箱的な面白さだけどエロティックというより動物的なのでちょっと引きました。モロッコの2編は背景にあるモロッコとアメリカの国際関係がいまひとつピンと来なかったのと死に瀕してる割に緊迫感が物足りなく感じました。あと、全体にユーモアが足りない気がします。
2006年アカデミー賞で助演女優賞候補に本作から二人が並んだ他、作品賞・監督賞など7候補を送り出しながら、受賞は作曲賞のみと奮わなかったのは前年作品賞『クラッシュ』と手法が似通ったせいもあるかも。オスカーは組合賞だからハリウッド俳優の起用数が少ないと不利ってのもあります。批評家賞たるゴールデングローブ賞の方では作品賞をゲットしており日本でも映画評論家は絶賛なので通好みというヤツなんでしょう。助演女優賞に関しては、マピールさんは独特の雰囲気でメキシコ人家政婦を演じたアドリアナ・バラッザの方を推します。菊地凛子は確かに良い表情だし仕草も聾唖者に成りきってますが、台詞が無かったり感情表現が偏ってたり演出に助けられてると思いました。
映画→舞台→再映画化というパターンの、60年代初頭を舞台におデブな超前向き女子高生が歌って踊ってプチ・アメリカン・ドリームという、あまり考えずに楽しむのが正しそうなコメディ・ミュージカル。一応、黒人差別と公民権運動を取り上げてますが啓蒙意識は薄く毒も控えめです。緩急のメリハリが良くフィーリング重視、60'sダンス&ファッション満載で華やかでポジティヴでお気楽で大変よろしい。元気を出したい時にいいんじゃないかと。
町のアイドルへと成り上る序盤の学園コメディ路線はやや退屈したのですが、ビッグ・ファット・ママが踊り始めると状況一変。以後、登場するたびに主役を完全に喰う異常な存在感。その正体は特殊メークのジョン・トラボルタ!ディスコでフィーバーのハンサム・ガイが30年後にこんな役やってるなんて誰が想像したでしょうか。しかも、ミシェル・ファイファーまですっかり板に付いた悪女役で出演。『グリース』の一作目と二作目のダンサー夢の競演ですよ。怖ろしく意外な形で。
しかし、本職ラップ歌手クイーン・ラティファも含め母親役の大物達が見せ場をどんどこ作るたびに若者達の影が薄くなり、最後の方はバックダンサー同然の殆んどどーでもいい扱いになってて驚きます。主人公の笑顔が素敵な型破りのチビデブちゃん、美人で単純でわがままな金髪という典型的ライバル娘、脳天気で空っぽのイケメン・アイドルと、若手達も充分にキャラが立ってるのに。まあ、メインの三角関係の恋の鞘当よりも、脇の黒人と白人の『ウエストサイド物語』の方が目立っちゃってるのもアレですが。おさげにキャンディーがチャーミングで性格も良しと、なにげにこの娘が最強ですし。
個人的にツボにくる楽曲はあまり無かったというか、白人達は在り来りにポップで黒人達のミュージック・シーンが締まるように演出されているため、彼らが活躍し盛り上がる後半までがちょっとかったるかったです。
オーソドックスすぎるストーリー展開にどうにも小難しい事を考える性質のマピールさんは、ジョン・F・ケネディとマーキュリー・セブンのあの時代は良くも悪くも新しい時代の始まりで、確かに黒人もデブも市民権を得たけれど、ボルティモアは今や犯罪都市だし肥満量産はアメリカ最大の病だとか思ってたり。やっぱり、もう少しシニカルな方が好みですな。
ところで、字幕だとニグロがブラックになってて、「テーマ的にそこはマイルドにし過ぎじゃ?」とか、「もしかすると若い子にはニグロの意味がわからないって配慮なの?」とか思いました。プラカードの白黒ネタを訳してくれてないのも不親切な気が・・・。ブラックの件はさておき、短い台詞でも字幕より吹替の方がわかり易く訳されてる感じなので、ミュージカルは雰囲気が大事なんで原語で観たい所ですが吹替版を薦めておきます。
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